DAWとオーディオインターフェースだけで完結してた制作環境に、わざわざモニターコントローラーやラインセレクターがしゃしゃり出てくるのか。理由はシンプルで、
とかこんなとこです。
やってること自体はめちゃくちゃ地味で、突き詰めれば「音量を絞る」「経路を切り替える」の2つだけなんですよね。なんですけど、この単純作業のやり方に「パッシブ」と「アクティブ」という2つの流派があって、これが最終的な音の違いにつながってきます。
パッシブ方式とアクティブ方式の違いは簡単に言うと電源が必要かどうかです。パッシブ方式は中身は抵抗や可変抵抗、ロータリースイッチ、機種によってはトランスといった、電気を増幅しない受動部品だけで構成されており、アクティブ方式は、入出力にオペアンプなどのバッファ回路を持ちます。
パッシブ式では信号は増幅も補正もされずに、これらの部品を通り抜けながらただ減衰させられるだけです。電子回路が信号経路に一切入らないから余計な色付けが少ない!というのがパッシブ支持派の言い分で、これは半分正解です。
でも、ここには構造上どうしても避けられない弱点があります。一旦メリットデメリットをまとめてみましょう。
メリット
デメリット
メリット
デメリット
まず注意しておきたいのがインピーダンス。ざっくり言うと、信号が流れる経路の電気的な通りやすさのことで、水道でいうホースの太さのようなものだとイメージしてください。ホースが細かったり途中で絞られたりすると水の流れ方が変わるように、インピーダンスが変わると信号の伝わり方が変わります。
パッシブ機はボリュームノブの位置によって、前段のインターフェース側から見たインピーダンスと、後段のスピーカーから見たインピーダンスが、アッテネーターの位置ごとにコロコロ変わってしまうんです。安いところだと50kΩクラスのアッテネーターで、ノブの位置次第で出力側のインピーダンスが0Ωから十数kΩまで変動したりします。
出力側のインピーダンスが高い状態でケーブルが長くなると、ケーブル自体が持つ微弱な静電容量と組み合わさって、高い音だけをカットする回路(LPF)が自然にできてしまい、高域がじわじわ削られていきます。ケーブルを引き回すほどなんとなく音がこもるのはこれが一因です。
具体的には、さっきの50kΩクラスのアッテネーターで絞り気味(10〜20kΩ程度)に使った場合、通常のオーディオケーブルだと5m辺りを超えると可聴域内からロールオフしてくる可能性があります。卓上で1〜3m程で使用してる場合などは大きな問題にならないことが多いですが、大きなデスクを使う場合や配線を綺麗にまとめるためになるべくデスクや家具レイアウトに沿ってケーブルを這わせた場合やスタジオなど単純に距離がある場合などにはケーブルが5mを超えることはよくあります。
さらに、安いパッシブ機だとバランスケーブルのホット側とコールド側のインピーダンスがきっちり揃っていないことも多いです。バランス伝送はホットとコールドの信号を比較して外来ノイズを打ち消す仕組みなので、ここのバランスが崩れると打ち消しの精度が落ち、外来ノイズやRF干渉に弱くなります。
最後に左右チャンネルのズレです。左右2連の音量つまみは、絞った位置によって左と右で減衰する量にわずかな差が出やすく、小音量時に「あれ、音像が真ん中からズレてる」となる原因になります。ギャングエラーと呼ばれる現象です。ロータリースイッチと固定抵抗を組み合わせたステップ式アッテネーターは微調整ができるためこの点で有利ですが、それでも使ってる抵抗の精度次第で、ズレの度合いは変わってきます。
一方でアクティブ機ではバッファを搭載しており、これのおかげでボリューム位置に関わらずインピーダンスが安定し、ケーブルが多少長くても高域が落ちにくくなります。ノイズを打ち消す性能も設計次第でしっかり確保できるので、長距離配線や複数出力への分配にも強いのです。その他、ヘッドフォンアンプやトークバック、メーターといった付加機能を積みやすいのも、バッファがあるからこそです。
音量調整そのものも、ぐるぐる回す単純な音量つまみじゃなくて、電気信号でカチッと切り替わるリレーで抵抗の組み合わせを切り替える方式、いわゆるリレーアッテネーターを使ってる高級機が多いです。接点が劣化しにくく、切り替えノイズなども少ないことが多いです。
ここまでの話を踏まえると、パッシブとアクティブの音質差は「電子回路を通すと音が悪くなる、良くなる」みたいなふわっとした話じゃなくて、インピーダンスとケーブル容量による高域減衰や、パーツ精度による定位のズレなど、もっと具体的な要因の積み重ねで説明できます。
だから「パッシブ=悪」でも「アクティブ=正義」ではなくて、結局は機種ごとの設計の質で結果が変わる、というのが正直なところです。
比較するのはHeritage Audio Baby RAMとHAYAKUMO izaraiの2機種です。ここまで見てきた「パッシブの弱点はどこから来るか」を思い出しながらこの2機種の中身を見ていくと、価格差の理由がかなりはっきり見えてきます。
Baby RAM Black Editionは、Heritage Audio創業15周年を記念した全世界500台限定モデルですが、中身は通常版Baby R.A.Mと同じ回路です。4接点24ステップの金メッキロータリースイッチを採用していて、どの位置でも左右チャンネル誤差が0.1dB以下という精度を謳っています。
安価なステレオポテンショメーターではなくロータリースイッチ+固定抵抗を選んでいる時点で、単純な音量つまみとは狙っている精度のレベルが違うことが分かります。入出力は2系統ステレオの金メッキTRSジャックで、電源は一切不要です。
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izaraiは、単に高級パーツを使っているだけでなく、「パッシブの構造的な弱点」そのものに正面から手を打っている設計です。アッテネーターには東京測定器製、60年以上の実績を持つ4回路23接点のロータリースイッチを採用。
特に、注目したいのは入力インピーダンスが2kΩ、推奨負荷が5kΩ以上(C-SELECT使用時は10kΩ以上)という、パッシブ機としてはかなり低いインピーダンス設計になっている点です。この数値を意図的に低く抑えることで、パッシブでありながらケーブル容量との相互作用によるハイ落ちを起きにくくしている、いわば弱点そのものを設計で潰しにいった機種と言えます。
商品ページを見る →「パッシブは悪」なのか、いったんの結論
2機種を並べてみると、どちらも安価なポテンショメーターではなく精密なロータリースイッチを使っていて、左右チャンネルのズレという弱点への対策はしっかり打たれています。差が出るとすればインピーダンス設計の踏み込み方で、izaraiはそこまで踏み込んで低インピーダンス化している点が価格差の大きな部分を占めていそうです。
「パッシブだから音が悪い」んじゃなくて、「安いパッシブは弱点を潰すコストをかけていないことが多い」というのが実態に近そうで、この2機種はどちらもそのコストをかけている製品、というのが仕様を読み解いた時点での見立てです。
BabyRAMの価格は約3万円、izaraiは約8.5万円。これらと近い、あるいはそれより安いアクティブ機を並べてみると、値段の割に何を積んでいるかが見えてきます。比較するのはPreSonus MicroStation-BT、Heritage Audio RAM System 1000、audient NEROの3機種です。
USB電源、Bluetooth対応、シンプルな音量つまみという、利便性重視の設計です。周波数特性は20Hzから20kHzと公表されていますが、左右チャンネルの精度についての具体的な数値は出ていません。
パッシブの弱点だったインピーダンス変動やギャングエラーからは原理的に自由になっているはずですが、そこにコストをかけている様子はなく、価格なりの実装と見た方が良さそうです。BabyRAMとの違いで言えばやっぱりBluetooth対応が大きく、その他サブウーファー用のアウトが搭載されているのも違いです。
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24ステップのマルコーニ・スタイルのロータリースイッチ、3dBステップ、Bluetooth、USB-C電源という構成で、公称ではインサーションロスなし、歪率は0.01%以下、ノイズフロアは-88dBu以下です。バッファがある分、izaraiのように低インピーダンス化に苦心しなくても、原理的にケーブル起因のハイ落ちは起きにくいんです。
但し、音声ラインがいかに原音に忠実であるかというポイントを突き詰め、低インピーダンス化を実現したizaraiに比べ、Bluetoothやメーター等他の機能に予算が割かれているという事実もまた読み解けます。RAM System 1000はサブウーファー用の出力は搭載されていません。
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Precision Matched Attenuation Technologyという独自のステップアッテネーターチップと18個のリレーを組み合わせて音量を調整しています。左右チャンネル誤差は0.1dB以下、0.25dB刻みの細かいステップで、最大105dBまで絞れます。各所にオペアンプのバッファも入っていて、精密な左右マッチングとインピーダンス安定の両方を狙った設計です。
価格帯はizaraiとほぼ同じですが、左右精度0.1dB以下という数字は、原理解説で触れたアクティブの理想形にかなり近いところまで来ています。
商品ページを見る →同じ値段で選ぶならどっちが良いか。izaraiは低インピーダンス化という一点でパッシブの弱点を丁寧に潰していますが、NEROは同じ予算で、弱点自体が原理的に起きにくいアクティブ回路と、精密なステレオトラッキングを両立しています。仕様だけで見ると、この価格帯であればNEROに分がありそうです。
※ ただしパッシブ機はヘッドフォンアンプやトークバックのような付加機能を持たない分、回路のシンプルさそのものが価値になる場面もあります。ここは実機で試聴してから改めて判断したいところです。
RAM System 1000から一段上のHeritage Audio RAM System 2000、さらにOzDesign Total Monitor Controller -星の街- Basicまで行くと、何にお金がかかっているのかが見えてきます。
64ステップの金メッキリレーラダーアッテネーターを採用していて、1dBステップで64dBの減衰レンジを持っています。バッファ、3系統のバランス入力、Bluetooth、3系統のステレオ出力、Cue入出力、S/PDIF、トークバック、2系統のヘッドフォン出力を備えています。
RAM System 1000のロータリースイッチ式が24ステップ・3dBステップだったのに対し、RAM System 2000のリレー式は64ステップ・1dBステップ。1dBステップは3dBステップの3倍近い解像度で、音量調整時の階段感がほぼ気にならないレベルになります。
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入力インピーダンス5kΩ、スピーカー出力インピーダンス100Ω、ヘッドフォン出力インピーダンス2.2Ωという数値を掲げています。特にヘッドフォン出力2.2Ωは一般的なヘッドフォンアンプより明確に低く、ヘッドフォン側のインピーダンス変動による周波数特性の乱れを抑えやすい数値です。ヘッドフォン最大出力は300mW+300mW(32Ω時)。
国内受注生産、2Uラックサイズ、重量約4kgというスペックからも、量産効率より回路とパーツにコストをかける設計思想が見えます。
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ちょっと毛色の違う機種です。34個のリレーで固定抵抗ネットワークを切り替える方式を採用していて、実は音が通る経路そのものにはオペアンプが入っていません。信号経路だけ見ればパッシブ機と同じ構成です。それでも「アクティブ」に分類されるのは、リレーを駆動するロジック回路に電源が必要だから、という理屈です。
メインアウトのTHD+Nは0.0025%以下、S/Nは140dB超と、パッシブの音の素直さとリレー式ステップアッテネーターの精度を両立させにいったハイブリッドな設計と言えます。価格はRAM System 1000とRAM System 2000のちょうど中間くらいの価格帯です。
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ここまで挙げてきた中でも頭ひとつ抜けた価格ですが、内訳を見るとまず全5系統の入力すべてがAPIの独自オペアンプ2510でバッファされていて、単純に物量が違います。
しかもこのMC531の面白いのが、その名の通り「API」というボタンを押すと、2520オペアンプとトランスを通した、いわゆるAPIコンソールを通したような色付けのある出力と、色付けを抑えたクリーンな電子バランス出力を切り替えられます。ここまでの機種はどれも「弱点をどれだけ潰して無色透明に近づけるか」という軸で語れましたが、MC531はあえて色付けを選べる余地を残していて、無色透明を突き詰めるのとは別の方向性でもコストをかけている機種です。
商品ページを見る →整理すると、RAM System 1000からRAM System 2000への価格差は、主にアッテネーターの解像度向上(3dBステップから1dBステップへ)と、入出力の実務機能の差です。Central Station PLUSは、アクティブに分類されつつ信号経路はパッシブという一風変わった立ち位置でリレー式の精度を狙い、OzDesignは出力インピーダンスを極限まで下げるバッファ設計と量産を前提としない作り込みに、MC531は色付けを選択肢として持たせる方向にコストをかけています。
こうやって紐解いていくと、高いアクティブがぼったくりであるという意見は持ちにくくなってくるかと思います。原理の解説で触れた技術的な弱点潰しを、それぞれ違う軸でより深いレベル、より細かい解像度でやっている、というのが仕様を読み解いた時点での見立てです。
Grace Design m905は今回のラインナップに含まれておらず店頭展示もありませんが、モニターコントローラーの「王道」としてほぼ必ず名前が挙がる機種なので、少し丁寧に触れておきます。
m905にはデジタル入出力を備えたDigital+Analogモデルと、アナログ入出力のみのAnalogモデルの2種類があり、ここまでの機種はどれもデジタルI/Oの充実度を売りにしているわけではないので、比較がブレないようアナログ専用のAnalogモデルの方で見ていきます。価格は実売で約62万円。ラック本体と据え置き型のリモコンパネルに分かれた2ピース構成で、リモコンは7mのケーブルで本体とつながります。
機能面では、モノラルサム、極性反転、ステレオ差分の試聴(左右の差分だけを聴いてマイクアレイやロッシー圧縮による劣化を確認する機能)、個別スピーカーのソロ、内蔵トークバックマイクによるモニター環境のSPL測定まで、マスタリングスタジオ向けに作り込まれています。スピーカー3系統・ヘッドフォン2系統それぞれ出力レベルを個別にトリムでき、0.5dB刻みの細かい調整が可能です。
では約62万円という価格は何に対する対価なのか。公表スペックを見ると、バランス出力インピーダンスは300Ωで、これはOzDesignのスピーカー出力100Ωほど極端ではないものの、一般的なアクティブ機よりしっかり低く抑えられた数値です。
左右チャンネルの追従精度は全チャンネル・全音量域で±0.1dB、音量ステップは0.5dB刻みで、NEROやMC531と並ぶレベルのマッチング精度をボリューム全域で維持しています。歪率(THD+N)も最大出力時で0.0008%以下と圧倒的な数字です。
商品ページを見る →つまりOzDesignは低インピーダンス化、MC531は色付けの選択肢というふうに、ここまでの機種はそれぞれ一点突破でコストをかけていたのに対し、m905はインピーダンス・チャンネル精度・歪率・ノイズフロアといった各軸をほぼ全部同時にトップクラスへ持っていっている、というのが値段の内訳として見えてきます。マスタリングレベルと謳うのに相応しいクオリティを実現してます。
ここまでずっと、アナログのアッテネーター(抵抗を使うにせよバッファを使うにせよ)を前提に話をしてきましたが、実はもうひとつ根本的に違うアプローチがあります。AVID / MTRXやMTRX Studioのようなインターフェースで、DADmanというソフトでのモニターコントロールです。これらはD/A変換する前のデジタル信号のまま音量やソース切り替えを行います。
アナログの可変抵抗もバッファ回路も経由しないので、ここまで散々話してきたインピーダンスやケーブル容量による高域ロールオフの話が、そもそも成立しない領域です。
デジタル領域で処理していることの恩恵は音量調整だけに留まりません。トークバックのようなコミュニケーション機能も同じ土台の上でまとめて制御できますし、ステレオだけでなく5.1.2chや7.1.4chといったサラウンド・マルチチャンネル構成のモニターにもそのまま対応できます。さらに、出力の切り替えごとにチャンネルのアサインを重複させる、といったこともソフトウェア的にいくらでも組めます。物理的な配線やアッテネーターの数に縛られないからこそ可能になる自由度です。
MTRX StudioであればDADmanは無償で使えて、MOM(Monitor Operating Module)という物理コントローラーを繋げば、10個のプログラム可能なキーとロータリーエンコーダーで手元操作もできます。
一方でデメリットもあって、アナログのソースを扱う場合は一度A/D変換してデジタル領域に持ち込み、出力時に改めてD/A変換する必要があります。つまりA/D・D/Aを余計に一往復噛むことになるわけで、そのコンバーターの音質がそのまま経路に乗ってくる点は見逃せません。
「モニコン」と呼ぶにはちょっと毛色が違いますが、モニター音量やソース切り替えという同じ役割を、アナログの弱点ごと丸ごと迂回して解決するアプローチとして知っておいて損はないと思います。
ここまで長々と語ってきましたが、伝えたかったことはシンプルです。「パッシブだから音が悪い」わけでも、「アクティブだから正義」なわけでもありません。パッシブはパッシブなりに、アクティブはアクティブなりに、どこにコストをかけて弱点を潰しているかがはっきり見えてくると、値段の差にもちゃんと理由があることが分かってきます。
今回はモニターコントローラーからラインセレクターというプロダクトを読み解いてきましたが、楽器用のラインセレクターなどでは、特にギターやシンセなど、ハイインピーダンスやアンバランスなどの多いソースを扱っている人ほど、安いパッシブ機に長いケーブルを組み合わせて、知らないうちに高域を削り落としている可能性があります。逆に言えば、インピーダンス設計さえ押さえておけば、パッシブでも十分クリアな音は出せるということでもあります。
選ぶときには、値段や見た目だけでなくもう一歩踏み込んで、出力インピーダンスと左右チャンネルのマッチング精度、そしてその数字を実現するためにどんな部品や回路を使っているか、というところを見てみてください。ここさえ押さえれば、「なんとなく高いから良さそう!」や「パッシブだから音質変化がなく安心!」という気持ち的な部分だけでない、自分の環境と用途に合った選び方ができるはずです。
とはいえ、ここまでの内容はあくまで仕様書を読み解いた上での見立てです。最終的には実際に耳で聴いてみないと分からないことも多いので、気になった機種があればぜひ店頭で試聴してみてください。
地味な箱ひとつで、ここまで音は変わるんです。