パラダイス

瀬川商店 第40回:推しのリバーブ

2025.08.01

最近偶然、一週間で3人の若手の劇伴の作曲家から「推しのリバーブ教えてください!」と質問されたので、せっかくなので記事にしちゃおうと思いました。

まずはリバーブ選択に於ける優先順位ですが、

1)ミックスのエンジニアも自分と同じリバーブを所有している
2)サラウンドのミックス時に使い勝手が良い
3)音が好き

だいたいこんな感じかなと思います。「音が好き」が三番目なのか?とツッコミが入りそうだけど、40曲〜70曲ミックス作業が待っている事を考えると、なかなかそうも言ってられない現実もあり、、、

さて、僕がその3人にお勧めしたリバーブは、ずばりLiquid Sonics社のCinematic Roomsです。

Liquid Sonics社Cinematic Rooms

先ほどの優先順位と照らし合わせながら何故このリバーブが推しなのかを順番に説明します。

1)まず、このリバーブを持っていない劇伴系のエンジニアはいない。

間違いなく全員持っている。このリバーブを持っていないなら、持ってない理由を逆に教えて欲しい(笑)Liquid Sonics社(イギリスの会社なんだって)が最初に世間に知られるきっかけになったのは、2017年にSeventh Heavenをリリースしてからでしょう。

その前にもReverberateというプラグインを発表はしていたけど、やっぱりそれまで劇伴のリバーブ、と言えばBricasti M7というハードウエアリバーブの横綱と言われていたリバーブのシミュレーションプラグインとしてSeventh Heavenのクオリティの高さで一気に注目を集めて、あっという間に「皆んな持っている」プラグインになってしまいましたね。僕はBricasti M7を持っていたので、Seventh Heavenと聴き比べてをして、微妙〜にやっぱりハードウエアのM7の方が音がいいなと思いつつ、当時あのアラン・マイヤーソン(名前知らない人は自分で調べてね、劇伴やってるなら彼の名前も仕事も知っておかないとダメよ。ちなみに、日本ではマイヤーソンとカタカナで書くけど、実際はメイヤスンの方が英語の発音には近い)がそれまで7台のM7をスタジオに持ち込んでいたけど、それを全てSeventh Heavenにスイッチしたらしいという友人の話を聞いて、僕も手のひら返しでSeventh Heavenをテンプレートのスタメンにしたのは内緒の話。

ちょっと脱線したけど、Seventh Heavenですっかり劇伴界のエンジニアから信頼を高めたたLiquid Sonics社が2020年にリリースしたのが、Cinematic Rooms。こちらもリリースされてすぐに人気になって、劇伴系エンジニアが買うべきプラグインの上位に即ランクインしたと思う(あくまで僕の現場での肌感ですw)。というわけで劇伴の仕事をしているエンジニアはほとんど持っているから、作曲時にCinematic Roomsを使ってサウンドを作り込んで、ミックスに移行した時に「え?Cinematic Rooms持ってないの?」という事態になる心配はまず必要ないってわけです。

1、2曲であれば、ミックスの時にメインのリバーブを変更されても、元々の自分のイメージに近づけられるかも知れないけど、ドラマの劇伴で30〜40曲、映画で60〜70のキューのリバーブを全部変更して、「う〜ん、リバーブのテールがもうちょっと柔らかくなるかな〜?」なんてやり取りをするところから作業するわけにはいかないので、やっぱり作曲している時に使っているリバーブをミックスの時も使うというのは必須だよね。確かにNuendoで書いた曲をProToolsでミックスするとサウンドの印象は多少変わるけど、それでもやっぱり同じリバーブを使うた方が良いよね。

それと、Seventh Heavenはコンボリューションリバーブなんで、当然IRデータを含んだ容量が必要です。Seventh Heavenには二つのグレードがあるけど、Professional版の全てのIRデータをインストールするには10GBくらい必要です。それに対してCinematic Roomsは200MBくらいでインストールできるので、MacBookユーザーにも勧めやすいってわけですね。

2)サラウンドミックスの時に使い勝手がよい理由

日本の場合、映画のファイナルミックスの直前までどういう効果音が用意されているのか分からない事が結構あるので、思ったよりもこのシーンは音響的に混雑するんだな〜みたいな事が時々あるんですよ。またはCGが上がってみたら、もうちょっとリバーブのテールを微妙に残してもいいかなあ〜みたいな事もちょいちょいあります。そういう時はここで微調整するんだけど、リバーブのタイムは変えずにハイ落ちしてくるカーブを調整することで対処するってわけですね。

それから、これはアクション系の曲でよく使う(というかもうないと困るw)パラメーターなんだけど、バージョンアップで追加された機能に、DYNAMICSがあるんです。これはReverb Duckerという機能なんだけど、16thで刻む金属系のパーカッションや、ストリングスの刻みとか、頭の中では2秒くらいのリバーブついてて欲しいんだけど、実際そういう設定にするとリバーブまとわりついて煩いな〜みたいな事ってよくあるでしょ?もちろんReflectionsで所謂アーリーリフレクションの成分は控えめにするけど、それでも根本的には解決しない事の方が多いよね?

そんな時にここを設定して、リバーブ成分をダッキングさせてまとわりつくリバーブの処理をします。長〜いリバーブをピアノにかける時とかもここを調整すること多いね。だいたい、リバーブの印象って最後の音で決まるからね。途中ハッキリ聞こえなくても、最後だけパーンと鳴ってくれれば「あ〜長いリバーブかかってる〜」という印象になる。

パラメーターはコンプレッサーと一緒だから分かりやすいでしょ?そして、ここにTrimがあるのがほんと便利なんだよね。スレッショルドとリリースでちょうどいい値をみつけて、う〜ん、でもダッキングしている間のリバーブもうちょい聞かせたいなあ〜という時にこのTrimで調整できる。そしてその右にあるGR(ゲインリダクション)も目視して把握できるから便利だよね〜。

映画の作曲をしている人全員がサラウンド環境で作業できるわけではないと思うけど、2chで作曲している時に使ったプラグインの設定を、エンジニアに渡して5.1chにする時や、5.1chの設定(リバーブタイムや、先ほどのダッキングの設定等)を7.1.4chの設定にする時もそのまま引き継いで続きの作業ができるのも現場的にはかなり助かる。

また余談だけど、ダッキングのダックは「あひる」のダックから来てます。実際にあひるがそんなに頭を引っ込める事があるかは疑問だけど、通路の天井が急に低くなる時に、「Duck!(頭ぶつかるから気をつけろよの意味)」って声かけられたりしますね。

3)音が好きかどうかを優先順位の3つめにしたけど、今のところCinmatic Roomsのリバーブは個人的には好きですよ。Seventh HeavenがM7のエミュレータだという話は以前にも書いたけど、M7をもう15年以上使っているので(今でも使う事あるの。手放してもいいかなと思ったこともあったんだけど、最近すごい値上がりしたでしょ?それでなんか勿体なくなって、あえて実機使ったりなんかする事ありますw)、プリセット名で響きを思い出せるほど使ってきたから、今でも使うけど、Cinematic Roomsだけで仕事してみ〜と言われてもそれほど困らないほど使い込んでます。

というわけで2025年下半期に突入したけど、推しのリバーブはLiquid Sonics社のCinametic Roomsです!

瀬川英史(瀬川商店)
劇伴の作曲家やってます。Netflix「シティーハンター」アニメ「烏は主を選ばない」等。シンセは危険物取扱者の甲種レベルの知識あり(多分)。
記事内に掲載されている価格は 2025年8月01日 時点での価格となります
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