4月29日より公開の福田雄一監督の映画「サカモトデイズ」(主演:目黒蓮さん)の音楽を担当しました。そして僕は初めてのアトモスミックスでの作業でした。
昨年Rock oN CompanyでSony 360 VMEのヘッドフォンを新調し、Nuendo内でシミュレーションしたり海外のフォーラムやYouTubeを観て情報を収集したりしてました。
アトモスの魅力の一つは、オブジェクトを上下左右にパンニングすることで、映像の演出効果を大きく高められる点にあります。 Nuendo上でもイメージを掴むためのトライは行いましたが、現時点では作曲家の作業範囲として、オブジェクトのパンニングはNuendo内では行わず、通常のトラックとして書き出す方法を採っています。
そのうえで、ダビングステージ前のミックス作業において、エンジニアとスタジオでオブジェクトのオートメーションを書き込む形にしました。
理由はシンプルです。仮に自分の環境でオブジェクトのオートメーションを書き、Pro Toolsへバウンスしたとしても、効果音との干渉など様々な事情により、ダビングステージで書き直す必要が出てくる可能性が高いからです。そうなると作業が非常に煩雑になります。
そのため、まずはPro Toolsセッションを整えたうえで、最終的なオブジェクトの書き込みを行う方針としました。
事前に福田組のサウンドデパートメントのスタッフとともに、東宝のダビングステージで2シーケンス(アクションシーンの一連の流れのうち2箇所)を実際にダビングし、その後に本番のミックスへと臨みました。
アトモスでは、通常の5.1chや7.1chと比較して、Pro Toolsのトラック数をある程度多めに確保しておかないと、再生時に音場が薄く感じられやすいという認識があったため、トラッキングはやや多めに行っています。
とはいえ、日本の映画制作においては、スタジオを使用できる日数にも限りがあります。そのため、現実的な制約の中でバランスを取りつつ、適正な規模のトラッキングでセッションを準備し、持ち込みました。
結果としては、概ね想定通りの仕上がりとなりました。
トラッキングを増やすやり方はいくつかありますが、ドルビー認定の映画館であれば、スピーカーは規格通りの性能が担保されているので、リアエンドもかなり積極的に使えるんです。
「積極的に」というのがどういう意味かというと、20年ほど前までは、リアスピーカーの使い方といえば、自然な広がりを出すためにリバーブを少し回すくらいがせいぜいでした。実際、家族の日常を描いた作品やラブコメ系の映画だと、今でもリアスピーカーからパーカッションを鳴らすようなことはほとんどありません。
そういう背景もあって、映画館によってはリアスピーカーの性能を多少犠牲にしていても、あまり問題にならなかったんですよね。もちろん館内の響きの問題もありますが、単純にスピーカー自体の性能差も結構あります。
なので、いざリアサイドを積極的に使おうとしても、映画館ごとに聞こえ方がバラつく。結果として、作る側としても攻めた使い方をしづらい、という事情がありました。
実際、僕も自分が担当した映画を劇場で観ていて、「あれ?もう少しリアにリバーブかけたはずなんだけどな…」みたいなことは、わりと普通にありました。
そういう響きの統一感という意味ではアトモスの劇場はドルビーの規格に合わせないといけないので、過去一番劇場によってのムラがないとも言えます。そういう理由でリアサイドを積極的に使える、という言い方ができるんです。
そして、今回「サカモトデイズ」ではローブラスや、チェロやコンバスのパートに以下のOrchestra ToolsのLow End OrchestraのトラックをレイヤーしたCueがいくつもあります。

このサンプリングライブラリーは、イマーシブミックスを前提としたマイキングが、一般的なライブラリーよりもかなり多く用意されています。
Immersive Front/Backや、Core Sound社のアンビソニックマイク「Octomic」で収録されたOctomic Front/Backを、デッカマイクで収録したトラックとは別にトラッキングしておき、ミックス時に多用しました。
言葉で説明するのはなかなか難しいのですが、従来の5.1chリバーブとは明らかに質感が違います。これは今回、かなり大きな収穫でした。
もちろん、効果音がリアサイドをしっかり使うシーンでは、これらのマイクはあえてオミットします。ハリウッド作品もおそらく同じような考え方だと思いますが、映画の後半でリアサイドを使いすぎると(特に音像が大きく動くような使い方をすると)観客が疲れてしまうんですよね。
なので、そのあたりは“ちょうどいい塩梅”を見ながら使っていく、という感じです。
使ったシンセはいろいろありますが、サウンドデザイン用にモジュラーシンセを使った以外は、ほとんどSerum 2とU-heのZebra2です(本国のサイトを見ると、今はZebra Legacyって呼び方になってるのかな?)。Zebra3のベータも一応インストールはしてあったんですが、結局出番はありませんでした。
あ、それからUDO AudioのSuper 6と、ビンテージのOberheim Matrix-1000で作ったパッドは、けっこうあちこちで使っています。映画の冒頭で鳴っているパッドは、その音と生のストリングスを混ぜたもので、シンセともストリングスともつかない、自分好みの質感になりました。
モジュラーシンセで作ったサウンドデザインのネタは、普段から録り溜めているものを使っているので、特別「サカモトデイズ」用に用意したものではありません。というか、実際には映画の書きが始まってからサウンドデザイン用の素材を新たに用意する時間って、ほぼないんですよね(汗)。
最後に、一連の作業を終えて「これが一番の収穫かもしれない」と感じたことがひとつあります。
アトモスミックスを5.1chや7.1chにダウンミックスしたときの響きが、すごくいいんです。
アトモスミックスでは、激しいアクションシーンでフロントが渋滞してきたときに、音楽を少し左右奥から手前に移動させて、効果音とぶつからないようにします。要するに、単純に音量を下げるのではなく、パンニングで居場所を作るイメージですね。
これと同じことを“素の5.1ch”でやろうとすると、なかなか難しいんですよ。ところが今回、アトモスで仕上げたバージョンを5.1chにダウンミックスして、別々の会場で別日に試写してみたんですが……やっぱりいいんです。
しかも、これは半分都市伝説みたいな話なんですが、前方のサウンドに「高さ(上下感)」を感じるんですよね。最初は、アトモスで上下を使ってミックスした記憶が残っていて、5.1chでも錯覚しているのかなと思ったんですが、ほとんどのスタッフも同じ印象を持っていて、どうも錯覚ではなさそうなんです。
技術的な仕組みまでは正確には分かっていませんが、ドルビーのソフトウェアで5.1chに折り畳む際に、そういう結果が出るようなアルゴリズムが組まれているんじゃないか……と勝手に推測しています。
この感触はサウンドデパートメントだけでなく、プロデューサーにも伝わったようで、もともとアトモスでミックスする予定がなかった次の作品も「アトモスでいこう」という流れになりました。
最近、別の案件で他のエンジニアと話す機会があったのですが、その方も同様の経験はされていて、最終的に5.1chの案件でもProTools内で一度アトモスでミックスして、そこからダウンミックスしたステムを使ってファイナルダブに進むことがあるそうです。
というわけで、僕からのアドバイスとして、今すぐアトモス案件がなくても少しずつでも触れておいた方がいいと思います。テクニカルな理解もそうですが、やっぱり実体験が一番大きいので。冒頭で触れたヘッドフォン環境でも、トレーニングとしてはかなり有効だと思います。
